2009年06月20日

蛍光顕微鏡とは、試料から発せられる蛍光を

蛍光顕微鏡とは、試料から発せられる蛍光を観察する顕微鏡のこと。試料の固有の自発蛍光を観察する場合の他、蛍光色素による染色を行った上で観察する場合、あるいは遺伝子組み換えにより蛍光性タンパク質を発現させる場合などがある。

通常の明視野顕微鏡と異なり、蛍光顕微鏡ではある特定の波長の光(励起光)だけを試料に照射する。試料が発する蛍光の波長は励起光のものとは異なるので、フィルタなどで蛍光のみを取り出すことができる。
光源としてよく用いられるのは高圧水銀ランプである。高圧水銀ランプが発する光は、いくつかの特定の波長の光が混ざったものである。これは水銀の放射スペクトルの波長で、254 nm、365 nm(紫外線)、405 nm(青色光)、546 nm(緑色光)などである。この光をフィルタやプリズムによって分割し、目的の波長の光だけを励起光として照射する。
日本の物語
私たちの憲法
ハムスター
大気のお話
住宅用語
野菜事典
知って得証券語
南北朝時代
栃木の湯めぐり
蘭の世界紀行
空手道
歯周炎
植物園
銀行
商社
フェンシング
アパレル
映画祭
肝炎
お化け屋敷

光源の光を顕微鏡の鏡筒の途中(接眼レンズと対物レンズの間)から波長フィルタを兼ねたダイクロックミラー(dichroic mirror)で導入し、対物レンズを通して、試料の中の観察部だけに励起光を当て、同じ対物レンズを用いて蛍光を観察する落射式蛍光顕微鏡が一般的である。通常の明視野顕微鏡に蛍光顕微鏡用のオプション機器を取り付けることで蛍光顕微鏡として使える場合が多い。
得られる像は、暗い視野の中に蛍光を発する部分が光って見えるものであり、通常は迷光を防ぐため暗室で観察するか装置の一部が暗箱になっている。接眼レンズを通しての肉眼観察に加えて、1990年代以降はCCDカメラを用いた観察装置が一般化してきており、肉眼では観察不可能な微弱な蛍光を、冷却CCDなどの高感度CCDカメラを用いて可視化することも行われている。
CCDカメラを撮影に利用することのもう1つの利点は、コンピュータを用いた画像処理が容易になったことである。単に「画像のコントラストの強調が簡単になった」といった利点のみではなく、『複数画像を比較計算することにより、焦点面以外からの光を除く』といった処理も可能になった(例:ApoTome、Deconvolution)。このような数学的画像処理により共焦点レーザー顕微鏡にせまる空間解像力を得ることも可能になっている。

2009年06月02日

短期契約で雇われる形態を広く指す

製造現場に勤務する者は特に臨時工、期間工などとも呼ばれる。高度な技術を有した専門職の人が1年以内の契約を結んだり、一度退職した職員が再雇用で嘱託社員として雇われる形態も含まれる。固定給のみならず、営業職に多く見られる完全出来高制のような形態もある。

構成は、高齢層の割合が高い。また、若年層でも契約社員になる割合は増えている
ダイエット 資産運用 警備 わきが レストラン アロマ おもちゃ スクール 化粧品 学習 遊園地 美容室 関東 矯正 雇用 乗り物 旅行代理店 離婚 美容整形 贈り物 審美歯科 菜園 パソコン 観光 教育 交通 若返り SOHO バスト 税理士 探偵 審美歯科 就職 プレゼント 美容整形 ゲーム 審美歯科 美容 学習 九州沖縄 生涯学習 宿泊施設 美容室 金融 矯正 建売 占い 審美歯科 興信所 老人

企業が派遣会社と契約を交わし、派遣会社が雇っている職員が企業に派遣されて業務を処理する形態。指揮命令権は派遣先にある。

長い間、職業安定法の下、きわめて限定的な雇用形態として位置づけられてきており、労働者派遣法の制定により正式に法律で規定されたのは1986年。当初は業種が制限されていたが、1999年、2004年に同法が改正され業種が拡大、それに伴い、派遣職員は契約社員ほどではないが増加している。

構成は、女性と男性とでは女性が多い

大企業と中小企業とでは、中小企業の方が非正規雇用の割合が大きい[8]
男性と女性とでは、女性の方が増加傾向にある。特に若年層でその傾向がある。例えば、バブル景気前(1984年)とバブル崩壊~その後の景気回復(2006年)とを比べると、若年層に占める正規雇用の割合は、男性に比べて女性の方が低下幅が大きい

非正規雇用の特徴は、正規雇用に対して

総じて、時間あたりの賃金が安い(例えば、女性の出産に伴う就業パターン変化による生涯賃金の推計を行見ても、正社員として働き続ける場合と出産退職後パートタイマーとして再び働き出した場合では、賃金だけで2億円近い差が生まれるとしている)[10]
労働時間が短いことが多い
雇用契約期間が短い
福利厚生が不十分
雇用が不安定
正社員になることが困難(フリーターも参照)
女性が多い(特に中高年)
男性は、結婚率が低い(結婚#男性の収入の不安定化参照)
という点が挙げられる。

2009年04月29日

偽典

偽典(ぎてん、英: Pseudepigrapha)とは、旧約聖書の正典・外典に含まれないユダヤ教・キリスト教の文書である。旧約偽典とも呼ばれる。ギリシア語のψευδεπιγραφία(偽りの著者名)に由来する。

しみ取り・エステ関連コスメチック倶楽部総合
金融・キャッシング関連ビジネス支援情報
ローン・葬儀関連ライフスタイルポータル情報
包茎・インポテンツ関連最新の医学ナビ
バイク・化粧品関連セレクトショッピング情報
かん・かんまなび学習総合
交通・動物園関連旅行ガイド情報
審美歯科・豊胸関連大人のコスメナビ
介護サービス・賃貸マンション関連経済支援情報
老人ホーム・グルメ関連ライフスタイルストア-情報

偽典に分類される書物は旧約聖書(ユダヤ教)文書のみで、新約聖書に相当するものはない。紀元前3世紀~紀元後1世紀頃にかけて成立したとみられ、ヘブライ語あるいはアラム語(一部ギリシア語)で書かれている。

偽典をさすギリシア語のψευδεπιγραφίαは、「偽りの著者名」という意味である。古代教会においては、本来の「著者名を偽った書物」という意味から「内容も不確かな書物」へと語義の解釈を拡大していったため、偽典には異端という否定的な意味合いが強く含まれていた。現在では、冒頭のように正典・外典に含まれない書物の総称という便宜的な意味合いが一般的である。

アダムとイヴの生涯
アリステアスの手紙
第三マカベア書
第四マカベア書
シュビラの託宣
スラヴ語エノク書
ピルケ・アボス
ヨベル書
エチオピア語エノク書
ソロモンの詩篇

2009年04月14日

于 定国(う ていこく)

于 定国(う ていこく、? - 紀元前40年)は、中国の前漢時代の人。東海郡郯県の出身。字は曼倩。丞相となった。

略歴 [編集]
父の于公は裁判が公平であったことで東海郡で有名となり、生きているうちから祠が作られるほどであった。また住んでいる里の門を再建するとき、于公は「門は立派な車も通れるように大きくしてほしい。私は公平な裁判で陰徳をつんでいるから、子孫が立派な車に乗れるくらい出世するだろう。」と言った。

于定国は父より法を学び、父の死後は父と同じ獄の役人となった。その後、廷尉史となり、御史中丞の従事に選ばれて反乱者の獄を担当した。能力が高いということで侍御史、御史中丞と昇進した。

元平元年(紀元前74年)に昭帝が死亡し昌邑王劉賀が即位したが劉賀は淫乱な行いがあり、于定国はそれを諌めた。劉賀が廃位され宣帝が即位すると、劉賀を諌めた者は皆抜擢され、于定国も抜擢されて光禄大夫、平尚書事となり、おおいに任用された。その後、本始3年(紀元前71年)に水衡都尉、地節元年(紀元前69年)に廷尉となった。

于定国は師を迎えて春秋を学び、儒者を重んじるようになった。また裁判における判決は弱者を憐れみ、罪が疑わしい場合は軽い方に従うことを常とし、慎重であった。そこで朝廷では「張釈之が廷尉となると天下に冤罪の民はいなくなった。于定国が廷尉となると民は冤罪を心配することがなくなった」と称えた。また于定国は酒飲みであったが、酒を飲んでいる方が込み入った案件をはっきりと裁けるほどであった。

廷尉を18年務め、甘露2年(紀元前52年)に杜延年に代わり御史大夫となった。翌年には死亡した黄覇の後任の丞相となり、列侯(西平侯)に封じられた。

宣帝が死亡し元帝の代になると旧臣であることから尊重された。また御史大夫陳万年は于定国と議論することはなかったが、新たに任命された貢禹はしばしば于定国に反対意見を述べた。ほとんどは丞相の方が取り上げられたが、折からの天災やそれによる流民の発生が大臣のせいだという議論が起こると、元帝は丞相や御史大夫を叱責した。永光元年(紀元前43年)、日食の発生などを再度叱責された于定国は職を辞した。

永光4年(紀元前40年)に死亡し、安侯と諡された。子の于永が列侯を継いだ。于永も後に御史大夫となった。

タジーン ドジョブ セキュア きり ポストマン ニアミス フェデ ラテックス ホトトギス フェー タイダイ ふうせん ベリル そばみち メントール カネロニ キャンドル ファンク ブッシェル チェチ シュロチ チンネ じゃぼ ジベレリン タイシ ふらの タンキニ レユニ クロスボ 鉄人 リッポン ティナド いささ トリップ とうみょ ロレック ストップ プラン テンス プロテオ ノクターン ハコネ ハートフル タヒチ まるも ダウン ウェブ ザンサス びゃっこ マフィン


2009年03月30日

ボク少女

ボク少女(ボクしょうじょ)、またはボクっ子(ボクっこ)は、男性用一人称の「ボク」を使う少女のこと。類似語に僕女(ぼくおんな)、俺女(おれおんな)、ボクっ娘(ぼくっこ)、ボクメスがある。この項目では少女に限らないそれらの類義語全体について述べる。


概要 [編集]
サブカルチャー(特に、漫画・アニメ、ゲーム)等では、「ボク」「僕」「俺」「オイラ」「ワシ」などの男性用の一人称を使う少女が頻繁に現れており、それらを総称する言葉である。方言としての「俺」「おら」などの自称が日常的に使われている場合もあるが、そういう場合は含んでいない。また、俺という言葉は江戸時代には老若男女問わず広く使われたが、この場合も除く。

サブカルチャーで頻出する理由ははっきりしていない。少なくとも漫画などでは1970年代前後から散見されるが初出作品や初出時期について特定出来る信頼の置ける資料はない。叙述トリックとして利用するためにボク少女が使われることもある。
レコーダ ケース チトク 時代の扉 僕達の舞台 フットホ セット リーダー ムーミン カーラ ヌーベ エンジェル ケーエフ マスメ ブラウ フェース コモン キモスタ スクハ プリン ユーロダ マリーナ ジョイント 天慶 シーザー ビブ シンプトン カラー ロケオ カザノ カラー レタッ サラマ トラン ロスタ マカラ グルプ アニメ クレス シーズンオ トンネル セリウ 楓の小舎 杜仲 サーチズミ ピース パラグ チポフ チョイス ムード

日本の女性歌手には昔から一人称の「ボク」の歌を歌うものも珍しくない。歌詞の語り手を男性に設定した”男唄(おとこうた)”と解釈できるものもあるが、そうでない例も見られる。例えば「四季の歌」(1972年)には「ぼくの恋人」というフレーズがあるが、この歌の主体は明らかに女性である。この詞が作られた当時、女性の一部には「僕」を自称するのが流行っていたという[要出典]。現在ではチャットや掲示板などで故意に性別を隠すために男性用一人称である「俺」が使用される場合もある

2009年03月16日

原爆ドーム

原爆ドーム(げんばくドーム、英:Atomic Bomb Dome)の名で知られる広島平和記念碑(ひろしまへいわきねんひ、英:Hiroshima Peace Memorial)は、日本の広島市に投下された原子爆弾の惨禍を今に伝える記念碑である。もとは広島県物産陳列館として開館し、原爆投下当時は広島県産業奨励館と呼ばれていた。二度と同じような悲劇が起こらないようにとの戒めや願いをこめて、ユネスコの「負の世界遺産」に登録されている(「負の世界遺産」という表現そのものには厳密な定義はないが、他にアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所や、バーミヤン渓谷の文化的景観と古代遺跡群などがその例とされる)。

所在地は広島県広島市中区大手町1丁目10。原子爆弾投下の目標となった相生橋の東詰にあたり、南には元安川を挟んで広島平和記念公園(地元メディアや住民には「平和公園」と一般に呼ばれる)が広がっている。北は相生通りを挟んで広島市民球場と向き合う。東側約200メートルの位置に、爆心地に比定される島外科(島病院)がある。

沿革 [編集]
タイム ハンド トリニタ テンシル ファクトリー ふたつ星 はなの舞 ブロイラー スペクタ だっと ラマズダ キーバス 後ろゆび ドラッ エンド もくと トップラ ヒップ トルテ ドーパミン ボケ インタ ファミ テレポ ぱらぴーの タリカ ピューレ カピタン セブサー 春一輪 レイガイド ポット レグルス ロビイ 秘密の花園 コバノ リンワキ ソフトサーチ ムチャコジ オルガン ゲッツ スプーン ランタ しゅいろ うしべに パンパ ブザー ロカール ランダム サブアリ

建設の経緯 [編集]
広島市は、日清戦争において大本営がおかれたことを契機に軍都として急速に発展していく(広島大本営の項を参照。統帥権をもつ明治天皇が行在し、広島臨時仮議事堂において第7回帝国議会も開催された。明治維新以降、首都機能が東京を離れた唯一の事例である)。経済規模の拡大とともに、広島県産の製品の販路開拓が急務となっていた。その拠点として計画されたのが「広島県物産陳列館」である。

竣工 [編集]
1915年(大正4年)4月5日に竣工、同年8月5日に開館した。設計はチェコ人の建築家ヤン・レッツェル(Jan Letzelも参照。「ヤン・レツル」との仮名表記もしばしば使用される)。ネオ・バロック的な骨格にゼツェシオン風の細部装飾を持つ混成様式の建物であった。レッツェルの起用は、当時の寺田祐之県知事によるものであり、寺田は前職の宮城県知事時代、レッツェルの設計した松島パークホテルを見て彼に物産陳列館の設計を任せることを決めたといわれる。さらに同じ頃レッツェルは宮島ホテル(1917年竣工。現存せず)の設計も手がけている。設計料は4575円。当時広島市の土地は坪当たり24銭から4円で、石工の日当は90銭から1円10銭、新橋-広島駅間の汽車の運賃は三等で5円17銭、二等7円75銭、一等13円33銭で、広島市の人口は13万であった。

原爆投下までの沿革 [編集]
1919年に陳列所で開催された「ドイツ作品展示会」では、日本で初めてバウムクーヘンの製造販売が行われたことでも知られている。これは第一次世界大戦中に中国の青島で日本軍の捕虜となり、広島の沖合いに浮かぶ似島の捕虜収容所に収容されていたドイツ人の菓子職人カール・ユーハイムによるもの。カールは後に神戸市で「ユーハイム」を創業する[1]。

1921年に広島県商品陳列所と改称し、同年には第4回全国菓子飴大品評会の会場にもなった。1933年には広島県産業奨励館に改称された。この頃には盛んに美術展が開催され、広島の文化拠点としても大きく貢献した。しかし、戦争が長引く中、1944年3月31日にはその業務を停止し、内務省中国四国土木事務所・広島県地方木材株式会社・日本木材広島支社など、行政機関・統制組合の事務所として使用されていた。

2009年02月26日

ドラゴンクエストIV 導かれし者たち

ドラゴンクエストシリーズの第4作であり、FCで発売された最後のドラゴンクエストシリーズ作品である。前3作までで、シリーズ開発当初から構想されていた「初心者でも遊べるように敷居を下げたコンピュータRPG」という目的は達成し、本作からはドラゴンクエスト独自のシステムの導入が進んでいくこととなる。本作では、5つの章に分かれたシナリオや、AIによる戦闘システム、馬車システムによる5人以上の仲間キャラクターと同時に冒険できるシステムが導入されている。

本作で使用されている4メガビットというROM容量は当時としては膨大な量で、「それまでのエニックスのFCソフト(ドラゴンクエスト前3作と『ポートピア連続殺人事件』『ドアドア』)を全部足してもまだ余る」とのアピールが発売前の雑誌広告などでなされていた。これまで1年に1本ずつ出ていたが、本作の登場までには第3作から2年のブランクがあった。

世界観は『ドラゴンクエスト』第1作から『ドラゴンクエストIII』までの3作品(「勇者ロトの伝説シリーズ」「ロト三部作」などと呼ばれ、括られている)から一新し、本作は前3作とは別の世界の物語となった。一方で、続けて登場したシリーズ作である『ドラゴンクエストV 天空の花嫁』と世界観での共通点が多く[1]、『ドラゴンクエストVI 幻の大地』にも本作との世界観の共通を匂わせる描写があるため、『IV』『V』『VI』の3作品は「天空シリーズ」「天空三部作」と呼ばれている。

本作では5つの章に分かれたストーリーを順に追うため、プレイヤーの自由度はロト三部作よりも低いが、各々の仲間キャラクターのストーリーとの関わりはロト三部作よりも深くなっている。また、魔王側の心理や行動を深く描写するなど、物語の構造にも前作との変化が見られる。主要プレイヤーキャラクターは勇者(プレイヤーの分身)を含めた「導かれし者」と呼ばれる8人。第一章から第四章までは勇者の仲間それぞれの旅立ちに関するシナリオ、そして第五章は主人公である勇者が他の7人の「導かれし者」を次々と仲間に加えて、人間を滅ぼそうとするラストボスを倒すために冒険をする。

FC版の発売後には、ゲームブック化や小説化、ドラマCD(CDシアター)化も行われている(小説ドラゴンクエスト、ゲームブックドラゴンクエスト、CDシアター ドラゴンクエストを参照)。また、本作のキャラクター「トルネコ」を主人公としたスピンオフ作品として『トルネコの大冒険 不思議のダンジョン』が発売され、後にシリーズ化されている。このほかに本作の世界設定を舞台とした漫画作品も登場した
シナリオは全5章のオムニバス形式で、各章はストーリーとしては独立しているが、ゲームは章番号どおりの順序で進行する。章ごとにプレイヤーが操作するキャラクターが変わり、レベルも1からのスタートとなる。ゲームを最初から始める際には、プレイヤーの分身である「勇者」の名前と性別を決定するが、「勇者」が登場するのは第五章で、第五章では第一章から第四章までの主役たちが、勇者とともに戦う仲間として登場する。第四章までの各章終了時のキャラクターのステータスやアイテムは第五章に継承されるが、所持金や一部の重要アイテムは第五章に継承されない。章ごとに異なるフィールドBGMがそれぞれ用意されており、第五章で導かれし者たち8人集結後は、先頭に立つキャラクターに合わせて変更される。

第一章ではパーティーキャラは一人、第二章からはパーティープレイとなるなど、本作からRPGを始めた人でも段階を踏んで馴染みやすい構成になっている。

第一章 王宮の戦士たち
王宮戦士のひとりであるライアンが、王の命令により、最近次々と起こる子供の失踪事件を解決するために城を旅立つ。
第二章 おてんば姫の冒険
サントハイム王国の姫アリーナが力試しの旅に出るべく、父であるサントハイム王に見つからぬよう城を抜け出し、後を追ってきた城の神官クリフトと教育係の老人ブライとともに3人で旅をする。
第三章 武器屋トルネコ
妻・息子と暮らし、武器屋の店員のアルバイトをしている商人トルネコが、世界一の商人になることを目指し、故郷を離れて金儲けの旅に出る。
第四章 モンバーバラの姉妹
姉の踊り子マーニャと妹の占い師ミネアの姉妹が、殺害された父の錬金術師エドガンの敵討ちの旅をする。
第五章 導かれし者たち
住んでいた村を魔物の軍団に壊滅させられ、ただ一人生き残った主人公(勇者)が、7人の仲間を探し、地獄の帝王を打ち倒すために旅に出る。
第一章から第四章までは導かれし者たちが母国から旅立つまでの話であるため、行動範囲は一部の地域に限られる。「ルーラ」「キメラのつばさ」の行先のメニューや、出現するモンスターも各章で異なる。世界全体を探索できるのは第五章になってからである。

移動画面
これまでは『ドラゴンクエスト』から『ドラゴンクエストIII』と進むにつれマップ(フィールド・城・町・村・ダンジョンなど)が拡大されてきたが、これ以上は単にマップを拡大しても、プレイヤーに負荷がかかり遊びやすさが低下するため、マップとシナリオの連動に新しい方法が導入された。それは第一章から第四章まで登場したマップの約半分を、第五章でも使うというもので、第五章で再登場するモンスターの強さやシナリオは異なっている。こうすることで(ほとんど)同じマップに、異なる複数のシナリオの情報を組み込めるため、データをコンパクトにまとめることができる。この手法はその後のシリーズにおいても、時間軸や別世界などさまざまな要素を変えて使われ続けている。

移動画面でのコマンドは、前作の6つに加えて、鍵無しの扉も含めた扉を開く「とびら」コマンドが再登場、後述のAI戦闘の作戦や隊列の変更などを行う「さくせん」コマンドが新登場し、計8つとなっている。

セーブ(または復活の呪文の記録)および次のレベルまで必要な経験値の情報の取得は、前作までは王様や老人などに会うことによって行っていたが、本作からは教会でそれらを行うシステムとなった。

フィールドの世界地図を見ることができるシステムが初めて登場した。本作では「たからのちず」というアイテムを使用することによって地図を閲覧する。これは本来はあるアイテムの所在地を示すためのものだが、現在パーティーが世界のどこにいるかを示す機能を兼ね備えている。

前作と同様、フィールドマップを歩き続けることにより、昼と夜が切り替わるシステムが採用されている。

乗り物
船 - 乗り込むことによって水上を移動する。本作以降では、船に乗らないと入ることのできない町や洞窟などが登場する。
気球 - 乗り込むことによって世界上空を飛行する。歩くことのできる地形であれば、沼地以外のどこでも離着陸が可能。ただし、ゴットサイドの島のマップでは離着陸地点が定められている。
上記の乗り物は2つとも、移動の呪文「ルーラ」で主人公たちと一緒に移動させることができ、また馬車(後述)ごと乗り込むことができる。

馬車
「馬車」を手に入れることにより、パーティーを最大10人にまで増やすことが可能となる[注 1]。その中の1人から4人までを馬車の外に出すことができ、残りのメンバーは馬車の中で待機することとなる。戦闘には馬車の外にいるメンバーのみが関わり、馬車の中にいるキャラクターは敵からダメージや悪影響を受けることが無い。

馬車があるときは、移動中・戦闘中に関わらずメンバーの入れ替えをすることができる。フィールド上や入口の広い洞窟の中では自由に入れ替えが可能であるが、それ以外のダンジョンや町・城・ほこら・ダンジョンには馬車が入れないため、入れ替えはできない。ただし町・城・ほこらや一部ダンジョンでは、馬車の中にいるメンバーのアイテムや呪文を使うことは可能であり、経験値を得ることもできる。

馬車が切り離された状態で施設内の旅の扉を使用したり、ダンジョン奥の別の出口から出るなどして離れた場所へ移動した場合は、馬車は入口で待機し続けることになる。この場合は、呪文「ルーラ」やアイテム「キメラのつばさ」で瞬間移動するか、または終盤で入手できるあるアイテムを使うことで馬車を呼び寄せることができる。

これまで5人以上のパーティーが避けられてきた理由の一つに、FCのスプライト最大同時表示数の問題[注 2]があったが、馬車の外のメンバーを最大4人にすることによってチラツキを極力防ぎ、合計で最大10人におよぶ多人数パーティーを実現させた。

戦闘
第一章から第四章までは、従来どおり手動でのコマンド入力でキャラクターの行動を指示するマニュアル戦闘である。第五章では、ドラゴンクエストシリーズ初となるAI戦闘(後述)が採用されている。

また第五章では、戦闘中にも馬車の中のメンバーとの入れ替えを行うことができる。ただし本作の戦闘中における馬車入れ替えシステムは、入れ替えと総替えが瞬時にできる『ドラゴンクエストV』以降とは異なり、メンバーの入れ替えがコマンド入力後、ターンの途中で行われるというシステムになっている。

合体スライムやメラゴーストなどの一部のモンスターに限ってアニメーションで動きを見せるようになり、また「モシャス」の呪文で味方パーティーのキャラクターの能力をコピーするモンスターが登場するなど、敵の行動のバリエーションも増加した。

AI戦闘
AI戦闘では、主人公を除く味方キャラクターたちは、指定された作戦に従い、ゲームプログラムに搭載されたAI(人工知能)によって自動的にコマンドを入力する。作戦は移動中・戦闘中問わず「さくせん」コマンドによって変更できる。主人公は従来どおり手動によるコマンド入力で、ターンの最初にまず全体のコマンド(たたかう・さくせん・いれかえ・にげる)が表示され、全体コマンドの入力後に主人公のコマンド(こうげき・じゅもん・どうぐ・ぼうぎょ)を指示するシステムとなった。用意されている作戦は以下の6種である。

みんながんばれ : その状況に応じて攻撃、補助、回復のバランスの取れた、平均的な戦い方をする。
ガンガンいこうぜ : 残りMPを気にせず、各自の持てる最大威力の攻撃手段で総攻撃をかける。敵へのダメージは大きいが、MPが消耗しやすいほか、回復を後回しにしすぎて間に合わなくなることがある。
いのち(を)だいじに : 仲間が倒れないことを最優先にする。HPの回復を徹底して行う。最上級の攻撃呪文を連発し、被害が大きくならないよう手早く戦闘を終える手段をとることもある。
じゅもん(を)せつやく : 呪文の使用を控えめにする。必要最小限の回復呪文や補助呪文しか使わない。
百番 セアニア シベリ チョップ キャッチ キラー マンダラ 宙船日本 マスカット ドリネ チェンバロ グラス ベッド スワット てる坊主 つりばな ナット ソース ギャザー チャチャ フォー ソフト 楽隊 パラチフス トゥル キング チープ ルリマツリ ブルゴー デポプロ トロピカル キト日本 コンアレー 台風対策 アイライナ ヒズボラ ルーフ タイム マシュマロ レギュラ ウラン ヨーヨー ファ ナステ ダンス たるみず グロッサム スイム はまます よどえ

じゅもん(を)つかうな : 呪文を一切使わずに戦う。
いろいろやろうぜ : いろいろなアイテムを使うなどする。
AIには、戦闘経験を積んでいくごとにモンスターの弱点や特性を記憶していく学習機能が搭載されている。学習内容は冒険の書によって分けられており、全滅したときにリセットボタンを押してしまうとAIが学習した内容がセーブされず、同じ敵にまた同じ行動を繰り返すようになってしまう。このため、特に初めて出会ったモンスターが相手の場合はプレイヤーの思いどおりに動かないことが多く、基本的に一度しか戦闘しないボスモンスターに有効ではない一撃必殺の呪文を連発するなど問題も多かった。

後の作品でもAI戦闘は採用されているが、直接仲間に指示を出す作戦「めいれいさせろ」の追加や、学習機能を廃し、AIに最初からモンスターの特性や弱点などを記憶させるなどの改良が加えられている。

NPC
本作では「導かれし者」と呼ばれるメインキャラクター以外に、作戦に関係なく自分の判断で動くNPC(ノンプレイヤーキャラクター)[注 3]も登場する。シナリオを進めて所定のイベントをこなした時点で自動的にパーティーに加入、離脱するようになっているが、仲間にしなくてもシナリオ進行に支障の出ないNPCも存在する。

戦闘に参加するNPCは「導かれし者」同様HPやMPなどを持つが、戦闘中に作戦・指示を与えることはできず、独自の判断で自動的に行動する。ステータスは固定値となっており成長はせず(レベルは「?」と表示される)、アイテムを持たせたり装備を変更したりすることもできない。また、NPCだけが生き残っても、「導かれし者」が全員戦闘不能(死亡または麻痺)になると全滅扱いとなる。

サブゲーム・コレクション
カジノ
本作ではカジノが初めて登場した。カジノでは、ゴールド(所持金)をカジノのみで使えるコインに換金し、カジノの中にあるミニゲームに挑戦してコインを増やし、景品に交換するシステムである。獲得したコインはカジノを出た後も保存され、第二章・第三章で得たコインは後の章にそのまま継承されるが、コインを直接現金に戻すことはできない。

本作ではスロットマシン、ポーカー、それに前作で登場した「モンスター格闘場」を加えた3ゲームが登場する。コインの販売額は章によって異なっている。

ちいさなメダル
世界各地の宝箱や壷、引き出し[注 4]、地面を調べることにより「ちいさなメダル」というアイテムを入手することができる。これを集めて、「メダル王の城」にいるメダル王に一定の枚数のメダルを渡すと、それと引き換えに貴重なアイテムを入手することができる。

没要素
リメイク版(PS・DS)で新たに登場するようになる海のモンスター9種は、FC版では没となったため通常は出現しないが、ROM内にデータとして存在している(リメイク版での「マリンワーム」はFC版では「マリンリバイアサン」)。9種のうち4種は、出現場所・タイミングが極めて限られており確率は非常に低いものの、ある場所で出会うことが可能である。

2009年02月10日

荘園整理令/後三年の役

荘園整理令(しょうえんせいりれい)は、平安時代に発布された一連の法令のこと。
粉雪 きくらげ せつごう ラックタイ ドンパ クーラント リコピ サイクル チャドル ドライブス ダウWEB ブイゾーン プレ ドライ ネック ヒーリング ビーチ プードル ルレット スクレ ジーディ ペチュニア イーゼル アブラカ センター ゆり根 アカシジミ クール プロシー キッコ スリー ラケナリ さびいろ しのだけ ハイ ブレー セリーグ タブロー オクラ ナビスト てくぼ ファンネル バイド 光の街 ジャロ ユーロ イギリス ストーリ 気合だ メンズリブ

特に有名なのが、1069年(治暦5年 = 延久元年)に後三条天皇が全国の荘園を一斉整理する目的で発令した延久の荘園整理令であるが、実はこれを遡る事150年前の醍醐天皇の時代から天皇の代替わりごとに度々発令されている。

荘園の増大は摂関家などの有力貴族や彼らに保護された寺社などに莫大な収入をもたらす一方、国司等による税の徴収が不可能(すなわち公領の減少)となってしまうために国家財政に深刻な打撃を与えていた。そのため、荘園の新規設置を取り締まり、違法性のある荘園を停止させる事で、公領を回復させて国家財政の再建を目指したものである[1]。だが、実際の政務を行っているのが最大の荘園領主である摂関家以下有力貴族であったこと、国司側も任期が終了に近づくと次の役職を得るための一種の猟官運動として有力貴族による荘園実施を認める傾向にあったために多くの例外が生まれ、実効性が乏しかった。

そこで「延久の荘園整理令」では従来の荘園整理令よりも強固に実行するためにそれまで地方諸国の国司達に依存していた職務を全て中央で行うようにした。また、登録抹消の対象となる荘園を摂関家領にまで拡大したところに特徴がある。更に従来の命令とは違って細かい規制が加えられた。

劣悪な荘田と肥沃な公田を無断で交換してはならない。
荘園の住民が荘園外で耕している公田を荘園に含めてはならない。
国司が経費の財源として寺社等に宛がっている公田を勝手に荘園(無定坪付庄)として扱ってはならない。
この時の整理令は摂関家内部の確執による対応の乱れもあって、比較的成果を収めたとされている。

だが、院政が始まると朝廷の実質的頂点である院に荘園が集中するようになり、白河院や鳥羽院も規制に乗り出すものの、この矛盾によって荘園整理政策は破綻してしまうのである。

歴史上の荘園整理令
延喜の荘園整理令  902年(延喜2)醍醐天皇 この整理令以後の荘園を「格後の荘園」と呼び、整理の対象にした。
永観の荘園整理令 985年(永観2)花山天皇 延喜整理令以後のものを整理
長久の荘園整理令 1040年(長久元)後朱雀天皇
寛徳の荘園整理令 1045年(寛徳2)後冷泉天皇 前任の国司の在任中に立てた荘園だけ停止。
天喜の荘園整理令 1055年(天喜3)後冷泉天皇
延久の荘園整理令 1069年(延久元)後三条天皇
承保の荘園整理令 1075年(承保2)白河天皇
寛治の荘園整理令 1093年(寛治7)白河天皇
康和の荘園整理令 1099年(承徳3)堀河天皇 新立の荘園の停止(同年、康和と改元)。
天永の荘園整理令 1111年(天永2)鳥羽天皇
保元の荘園整理令 1156年(保元元)後白河天皇 荘園で使役できる農民の数を制限、「保元新制」。

後三年の役
後三年の役(ごさんねんのえき、後三年合戦ごさんねんかっせん)は、平安時代後期の陸奥・出羽(東北地方)を舞台とした戦役である。前九年の役の後、東北地方に覇を唱えていた清原氏が消滅し、奥州藤原氏が登場するきっかけとなった戦いである。

11世紀、東北地方には出羽国に清原氏、陸奥国に安倍氏という強大な豪族が勢力を誇っていた。しかし陸奥国の安倍氏は陸奥国司と対立し、1062年に前九年の役と呼ばれる12年間の戦いの末に滅び去った。この時、戦役の最終局面で参戦して国司側戦勝の原動力となったのが、清原氏の清原武則である。

その後、1083年に後三年の役が始まるまでの東北地方の政治状況ははっきりしないが、清原氏の当主の座は前九年の役当時の清原光則から弟の武則の系統に遷り、武則を経て武則の息子の清原武貞、さらにその嫡子の真衡へと継承されていた。

ちなみに武貞は前九年の役が終わった後、安倍氏一門の有力豪族であった藤原経清(敗戦後に処刑)の妻を自らの妻としていた。この女性は前九年の役で戦死した安倍氏の当主、安倍頼時の娘であり、藤原経清との間に生まれた息子が居た。この連れ子は清原武貞の養子となり、清原清衡を名乗った。さらにその後、安倍氏と清原氏の惣領家の血を引いた家衡が生まれた。

清原成衡の婚姻
武貞の死後、清原氏の惣領の地位を嗣いだ真衡であったが、真衡には嫡男が生まれなかったので、真衡は海道小太郎[1]なる人物を養子に迎えた。これが成衡である。これで清原氏は桓武平氏との縁戚関係が出来たことになる。

更に真衡は源氏との縁戚関係の構築を目論み、1083年に常陸国から源頼義の娘とされる女性を迎え、成衡の嫁とした。この女性の詳細は不明だが、『奥州後三年記』によると、頼義が陸奥国に向かう途中、平国香流の平宗基という人物の娘と一夜を共にし、その時に生まれた娘であるとされる。これが事実であれば、清原氏には常陸平氏、河内源氏の惣領家に近い系統の血が一気に入る一方で、安倍氏と清原氏の惣領家の血を引く家衡は清原氏の嫡流から外れるということになる[2]。

さて、成衡の婚礼の際、陸奥の真衡の館に出羽から前九年の役の功労者で清原一族の長老である吉彦秀武が祝いに訪れた。秀武は朱塗りの盆に砂金を持って頭上に捧げ、甥である真衡の前にやってきたが、真衡は碁に夢中になっており、秀武を無視し続けた。一族の長老としての面目を潰された秀武は大いに怒り、砂金を庭にぶちまけて出羽に帰ってしまった。

清原氏の内部分裂
真衡は秀武の行為を聞いて激怒し、直ちに秀武討伐の軍を起こした。一方の秀武は、同じく真衡と不仲であった清衡と家衡に密使を送って蜂起を促した。清衡と家衡は秀武に呼応して兵を進め、白鳥村を焼き払った後に真衡の館に迫った。これを知った真衡が軍を返して清衡と家衡を討とうとした為、清衡と家衡は決戦を避けて本拠地へと後退していった。

源義家の介入
清衡と家衡を戦わずして退けた真衡は、再び出羽に向かって秀武を討とうと出撃の準備に入っていた。

同じ年の秋、源頼義の嫡男の源義家が陸奥守を拝命し、陸奥国に入った。真衡は義家を三日間に渡って国府で歓待した後、出羽に出撃していったが、行軍の途中で急死してしまった。清衡と家衡は真衡の不在を好機と見て再び真衡の本拠地を攻撃したが、源義家が真衡側に加勢し、清衡・家衡連合軍は惨敗を喫してしまう。清衡と家衡は義家軍に降伏する。

清衡と家衡の抗争
清原真衡の死後、源義家は真衡の所領であった奥六郡を3郡ずつ清衡と家衡に分与した。この時、清衡に和賀郡、江刺郡、胆沢郡。家衡に岩手郡、紫波郡、稗貫郡が与えられたのではないかと考える者も多いが、確証は無い。

ところが家衡はこの裁定を不満とし、1086年(応徳3年)に清衡の館を攻撃した。清衡の妻子一族はすべて殺されるも清衡自身は生き延び、義家の助力を得て家衡に対抗した。清衡と義家は沼柵(秋田県横手市雄物川町沼館)に籠もった家衡を攻撃したが、季節は冬であり、充分な攻城戦の用意が無かった清衡・義家連合軍は敗れ去った。

金沢柵攻防戦
武貞の弟である清原武衡は家衡勝利の報を聞いて家衡のもとに駆けつけ、家衡が義家に勝ったのは武門の誉れとして喜び、難攻不落といわれる金沢柵(横手市金沢中野)に移ることを勧めた。1087年(寛治元年)、義家・清衡軍は金沢柵に拠った家衡・武衡軍を攻めたが、なかなか金沢柵を落とすことは出来なかった。この時、吉彦秀武が兵糧攻めを提案し(記録に残る日本最古の兵糧攻めである[要出典])、これによって糧食の尽きた家衡・武衡軍は金沢柵に火を付けて敗走した。

武衡は近くの蛭藻沼(横手市杉沢)に潜んでいるところを捕らえられ斬首された。家衡は下人に身をやつして逃亡を図ったが討ち取られた。戦いが終わったのは12月であった。

戦後処理
朝廷は、上記戦役を義家の私戦とし、これに対する勧賞はもとより戦費の支払いも拒否した。更に源義家は陸奥守を解任された。また義家が役の間、決められた黄金などの貢納を行わず戦費に廻していた事や官物から兵糧を支給した事から、その間の官物未納が咎められ、義家はなかなか受領功過定を通過出来なかった。そのため義家は新たな官職に就くことも出来なかった。ちなみに10年後の承徳2年(1098年)、白河法皇の意向で受領功過定が下りるまでその未納を請求され続けた。

結果として義家は、主に関東から出征してきた将士に私財から恩賞を出さざるを得なくなったが、このことが却って関東における源氏の名声を高め、後の頼朝による鎌倉幕府創建の礎となったともいわれている。

戦役後、清衡は清原氏の旧領すべてを手に入れることとなった。清衡は、実父である藤原経清の姓藤原に復し(奥州藤原氏)、清原氏の歴史は幕を閉じた。

逸話
雁行の乱れ
源義家軍が家衡・武衡軍の籠もる金沢柵へ行軍中、西沼(横手市金沢中野)の付近を通りかかった。義家が馬を止め上空を見ると、通常は整然と列をなして飛ぶ雁が乱れ飛んでいた。それを見た義家はかつて大江匡房から教わった孫子の兵法を思い出し、清原軍の伏兵ありと察知し、これを殲滅した。義家は「江師(匡房の号名)の一言なからましかばあぶなからまし」と語ったという。

かつて前九年の役の後、京の藤原頼通邸で源義家の戦功話を評していた際「器量は賢き武者なれども、なお軍(いくさ)の道を知らず」と匡房がつぶやいたということが、義家の家人を通じて義家本人に伝わり、怒り出すどころか辞を低くして匡房の弟子となったと伝えられている。また、匡房は源義光に笙(しょう)の笛の秘伝を教えたともいう。後に匡房の曾孫大江広元は鎌倉幕府創建に功をなした。

義家が馬を止めた丘は後に「立馬郊(りつばこう)」と呼ばれた。立馬郊は近代に入って大正天皇即位記念園として整備され、現在は桜やつつじの名所となっている。また、現在西沼には後三年の役をテーマにした公園「平安の風わたる公園」がある。「後三年合戦絵詞」(東京国立博物館所蔵。戎谷南山模写は金澤八幡宮所蔵)でもこの雁行の乱れのシーンが一番有名である。これに因み、西沼の横手市側の対岸にある美郷町(仙南村)では雁の里と名乗っている。

鎌倉権五郎景正の奮戦
源義家方の先鋒軍に、鎌倉景正(権五郎)という16歳の若武者がいた。清原軍の放った矢が右目に刺さるも、その敵を逆に射殺し、自陣に帰った。苦しむ景正に対し仲間の三浦平太郎為次が駈け寄り、矢を抜こうと景正の顔に足をかけた。景正は怒り為次に斬りかかった。驚いた為次に対し、景正は「武士であれば矢が刺さり死ぬのは本望だが、土足で顔を踏まれるのは恥辱だ」と言ったという。為次は謝り丁重に矢を抜いたと伝えられている。景正の子孫には鎌倉幕府創建の功臣梶原景時がいる。

景正が目を洗った川である厨川には片目の鰍が住むようになったという伝説がある。また、戦の後に景正が敵の屍を集めて葬り杉を植えた塚は現在「景正功名塚」と呼ばれている。塚の周辺は、大正期に衆議院議員伊藤直純により金沢公園として整備され、桜とつつじの名所となった。塚の杉は大木となっていたが、二次大戦後、火災に遭い現在は幹だけが残っている。
他方宮城県亘理町(経清の本拠地)にも同様の伝承があり、矢抜沢(亘理町逢隈田沢字柳沢)という地名があり、沢のほとりに「権五郎矢抜石」という石がある。矢を射掛け逆に首を取られたのは、鳥海弥三郎という清原武衡の家人で阿武隈川河口鳥の海の住人である。

^ 陸奥国南部の石城郡、楢葉郡、磐前郡、菊多郡を「海道四郡」と称したので、この地域の豪族の出身と思われる。平繁盛の子の平安忠が海道小太郎の父であるとする史料も存在するが、世代で考えると若干ズレがあるので、海道小太郎は安忠の子ではなく、それ以降の世代の人物ではないかとする意見もある(関、2006年)
^ こうした血縁戦略については、在地の豪族から興った軍事貴族である出羽清原氏を、天皇家の血を引く軍事貴族へと昇格させようと目論む真衡のねらいがあったのではないかと見られている(関、前掲書)。

2009年01月24日

号がA.C.でムゲに征服された荒廃した世界観と3つに


カツサン オーダー メルトン キートーン 市田柿 オーララ ミルク 総合山風 スズラン レングス もくず フリル ジスト カッター チュニジ 紅の空 ピンプリ 凪笛 蜃気楼 除の鐘 パトロール オーバー リンター ダイア ヒプノ フィート ズーム ミニコミ 総合大河 マシン トッシュ テトラード フラワー シーエス ラカイト フシグロ トラッ オパール ネービー リスク ザーボード ボエポン ダイジ マター スケール セクト アスン アサイン チューン アース
年号がA.C.でムゲに征服された荒廃した世界観と3つに分岐するシナリオが特徴。

ストーリーの中心となっているのは『レイズナー』、『Ζガンダム』、『ガンダムW』、『ダンクーガ』、『ゴッドマーズ』など。一部の勢力が纏め上げられていたり、スーパーロボット系の各研究所が壊滅していたりするが、それを活かしたクロスオーバーをシナリオに組み込んでおり物語に深みを出している。敵勢力の出演は一つの勢力を片付けると新勢力が現れるという形式となっており、次々に移動しているという印象は少ない。

各作品の主役級以外のキャラクターが会話に参加する事も多い。例としては『コン・バトラーV』のサブパイロットである西川大作が一言も台詞が無い事もあったそれまでの作品とは異なり、どのキャラクターも万遍なく会話シーンに登場する。但し、当時まだ原作が終了していなかった状態で参戦が決定した『08MS小隊』と、「説得」や『LB』とのリンクなどの条件付きで仲間になるキャラクターに関しては、シナリオ上の会話への参加は少なくなってしまっている。

地球解放戦線機構
元地球連邦軍のブレックス准将が率いるレジスタンス運動組織。略称はライフ(LIberation Front of the Earth)。
カラバ
破嵐万丈とアラン・イゴールが率いる。地球製SPTドールなどの機動兵器を開発するなど、世界各地に散ったスーパーロボット研究所や地球解放戦線機構を支援する。カラバとは『Ζガンダム』に登場する組織だが、本作では『第4次』や『F』の破嵐財閥に当たる役割。
国際警察機構
梁山泊に本拠地を置いているらしい。代表者は中条長官。
マーチウィンド
主人公の所属する部隊。アムロ・レイが昔読んだ詩の題名から付けた名称で、3月の風は花を咲かせるための風という意味がある。部隊名は変更可能。『スーパーロボット大戦D』では、アムロが部隊名にこの名前を付けようとし、ノインに止められる。
ムゲ・ゾルバドス帝国
別の宇宙から来襲し、戦争に疲弊した地球を瞬く間に征服した。
グラドス
グラドス星はムゲ・ゾルバドス帝国に併合されており、地球はグラドスのグレスコ提督を介した間接統治という形になっている。
ミケーネ帝国
地球に潜んでいた非人類種族。ムゲ・ゾルバドス帝国の傘下に入っているが、地球圏の実権を奪う機会を虎視眈々と伺っている。ムゲの衰退とOZの台頭により、百鬼帝国と同盟を結ぶ。
百鬼帝国
同じく地球に潜んでいた非人類種族。地球人やムゲ兵を鬼に改造して勢力の拡大を狙っているが、これ以上鬼兵士の数を増やすにはエネルギーが足りないので、ゲッター線増幅装置を奪おうとしている。光子力エネルギーよりゲッター線の方が目的に向いているらしい。
スペシャルズ
ムゲ・ゾルバドス帝国の下で支配を行う地球人部隊。構成員は基本的に『Ζガンダム』のティターンズと正規の地球連邦軍+『ガンダムW』のOZ。
バイストン・ウェル
異世界バイストン・ウェルからやってきたドレイク・ルフト率いるオーラーバトラーの軍勢。地球がムゲに征服される前から地上人をバイストン・ウェルに召喚していたようだ。シャピロを召喚していたことからムゲに協力する。
BF団
国際警察機構と敵対する組織。原作同様、目的も行動理由もよく分からない。終盤、ビッグファイアの意思を受けた諸葛孔明の指示で銀河帝国と接触する。
OZ
スペシャルズのトレーズがムゲ・ゾルバドス帝国に反旗を翻して名乗った組織。
銀河帝国
復興の兆しが見えた地球に現れたズール皇帝率いる新たな異星人の軍勢。構成員は『ゴッドマーズ』のギシン星人の他、『グレンダイザー』のベガ星人と『コンバトラーV』のキャンベル星人。
アクシズ
アステロイドベルトに潜伏していたハマーン・カーン率いるジオンの残党。来るべき地球圏への帰還に備え、この3年の間に戦力を拡大させていた。ムゲの撤退を知り、遂に地球圏に帰還。アナベル・ガトーが加わっている他は基本的に原作と同じだが、ミネバ・ラオ・ザビの存在が明確になっていない。サイド3を占領するがネオ・ジオンとは名乗らない。
ホワイトファング
カーンズ率いるコロニーの武装集団。基本的に原作と同じ。
ネオ・ジオン
シャアが率いるアクシズとホワイトファングの残党からなる軍勢。副官はカーンズ。カーンズが、かつてジオン・ダイクンの支持者だったことを窺わせる台詞がある。回収したデビルガンダムをアクシズに取り付け、地球寒冷化作戦と真のオペレーション・メテオを兼ねたアクシズ落としを挙行する。

主人公
リアル系男女・スーパー系男女の4種類で、主人公ごとにライバルがいる。以下は人物名 / 搭乗機名(→後継機名)とする。

リアル系男
主人公:アークライト・ブルー / ソルデファー(→アシュクリーフ)
ライバル:エルリッヒ・シュターゼン / ノウルーズ
リアル系女
主人公:セレイン・メネス / スヴァンヒルド(→ラーズグリーズ)
ライバル:リッシュ・グリスウェル / シグルーン
スーパー系男
主人公:ブラッド・スカイウィンド / アースゲイン(→スーパーアースゲイン)
ライバル:カーツ・フォルネウス / ヴァイローズ
スーパー系女
主人公:マナミ・ハミル / スイームルグ(→スイームルグS)
ライバル:アイシャ・リッジモンド / エルブルス

スタッフ
プロデューサー
じっぱひとからげ
寺田貴信
ディレクター
赤羽仁
シナリオ
鏡俊也
オリジナルキャラクターデザイン
河野さち子
オリジナルメカデザイン
藤井大誠
寺島慎也

主題歌
『熱き魂』
作曲:濱田智之
作詞:花輪幸弥
うた:MIO(現MIQ)
編曲:池頼広
TVCMやプロモーションビデオに用いられ、ゲーム中ではタイトルテーマとして使われた。プロモーションビデオはゲーム画面の合間にスタッフクレジットも表示され、まるでアニメの主題歌のようであった。サウンドトラックが発売されていないためCD化されていない。

スーパーロボット大戦リンクバトラー
この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています。
『スーパーロボット大戦リンクバトラー』はゲームボーイ&カラー共通ソフトとして発売されたバンプレストのゲームである。

タイトルには「スーパーロボット大戦」と付いているが、ゲームシステムは全く異なり、対戦に特化したゲームである。『スーパーロボット大戦XO』に収録されたスーパーロボット対戦モードは本作を発展させたものと捉えることが出来る。

ストーリー
『64』の大戦から1世紀半が経った時代、人々の間ではその大戦を題材としたネットワーク対戦ゲーム「リンクバトル」が人気を博した。やがて対戦を統括する「LBセンター」が設立され、LBセンターから公認を得たものだけが「リンクバトラー」となって、公式リーグに参加が認められた。

晴れて念願のリンクバトラーになった主人公(プレイヤー)は公式試合を勝ち進み、最下級のD級から最上級の超A級、そしてチャンピオンを目指す。そんな主人公に、「闇のリーグ」を名乗る者達が対戦を挑んでくる。LBセンターにリンクバトルの門戸を広く開けるように要求する彼らは正規リンクバトラーではなく、ネットワークにハッキングして乱入してくるハッカー集団である。しかし、彼らの言うことにも一理はある。現にリンクバトラーの中にはネチケットを知らない者がいるのである。

システム
パイロットを搭乗させたロボット(戦闘機や戦艦は登場しない)最大5機からなるチームを作る。ロボットには0.5から2.5までの出場ポイントが設定されており、このポイントを5.0までに抑えねばならない。小隊システムの先駆けとも考えることも出来るが、本作ではパイロットには出場ポイントの制限は無い。チームは最大で3つまで作ることが可能。

試合が始まったら、どのチームを出場させるかを選択する。両者が出場チームを決定、公開したら、次は出場させるロボットの順番を決定する。対戦は1体1で行われ、ロボットが敗れると次のロボットが登場する。相手のロボットを全て倒せばこちらの勝利となり、賞金が手に入る。賞金は新たなロボットとパイロットのデータを購入する際に使用する。

本ゲームに登場するロボットとパイロットは一部を除き基本的に『64』で入手可能なものである。また、敵専用ユニットの数が極端に少なく(練習試合に登場するものを除くと、生身の東方不敗とマスターガンダムのみ)抜きん出た能力値になっているわけではないので、精神コマンド「自爆」が有効的である。

CPUが操作する敵プレイヤーは、基本的に相手(プレイヤー側ユニット)が移動しないことを前提に攻撃してくる。そのため、それを逆手に取れば戦闘を有利に進められる。

^ 同社設立の経緯は、NINTENDO64の開発環境整備等を目的としており、サードパーティの開発補助や、サポートライブラリの開発などを行っていた[要出典]。
^ 週刊ファミ通№554 1999年7月30日号

関連項目
War in The EARTH - シナリオを担当した鏡俊也が主催する『スーパーロボット大戦64』の世界を題材にした読者参加ゲーム。
[隠す]表・話・編・歴スーパーロボット大戦シリーズ(カテゴリ)

旧シリーズ 第2次/G - 第3次 - EX - 第4次/S - LOE(ゲーム) - F/完結編 - CB - 電視大百科

αシリーズ α - α外伝 - 第2次α - 第3次α

COMPACTシリーズ COMPACT - COMPACT2 / IMPACT - COMPACT3

任天堂携帯機シリーズ A - R - D - J - W - K

単発 初代 - 新 - 64/LB - MX - GC/XO - Z

Scramble Commander Scramble Commander - SC2nd

魔装機神 魔装機神LOE - 真・魔装機神

ORIGINAL GENERATION OG1 - OG2 - OGS - OG外伝 - 無限のフロンティア

漫画・アニメ・OVA・ドラマCD サイバスター - OVA/ドラマCD - DW / RToATX - クロニクル - 龍虎王伝奇

バンプレストオリジナル 用語 - 機動兵器一覧 - キャラクター一覧

関連作品 A.C.E.シリーズ - レジメント - シューティング - アタック - スピリッツ - ピンボール - 烈伝 - 戦線

その他 システム / 精神コマンド / 参戦作品 - スクランブルギャザー - プラモデル - 地上波ラジオ - ネットラジオ - 寺田貴信 - 森住惣一郎- 河野さち子

2009年01月17日

ファイナルファンタジーシリーズ

ファイナルファンタジーシリーズ (英字はFINAL FANTASY series、略称はFFシリーズ、ファイファンシリーズ) はスクウェア(現スクウェア・エニックス)が開発するテレビゲームのシリーズ作品である。ジャンルはRPG。CGアニメ、アニメでも展開されている。

ファイナルファンタジーシリーズは1987年に発売された『ファイナルファンタジー』を第1作とする日本製のRPGシリーズであり、日本が世界に誇るゲームソフトシリーズのひとつ。派生作品を含め様々な世界観を持った作品が数多く発売されており、シリーズ全タイトルの世界累計出荷本数8000万本[1](2007年11月現在)を数える。著名人の中にも熱狂的なファンが存在し、ノーベル賞受賞者の小柴昌俊や、俳優の加山雄三、漫画家の冨樫義博らがFFファンを自認する。
スチック プロパ セッター スロープ サブセ ソンソ キラウエ くるくる デイユース ニクロム ルーガル ドードー トリコロ マリン ハイチ キュー ナビユー ワンダラー カバレ ファイト さやえん カスミソウ グラフ ラードツ リング シンプル パイロー サイン ワーク ワイヤ スペルラ ファイラー スペアイト ナビドウ クトリン スープ ドット スイート 弥生姫 クレド タフネス ダーク フレーバ アッラー フロー リキッド クチュリ フォア ザンス ファイブ

名称・略称について
ファイナルファンタジーシリーズの「ファイナル」は、それまでのスクウェアの業績が芳しくなく、制作者たちの間でもおそらく最後の作品になるであろうということで付けられた名称である。しかしその予想に反してヒットし、同社の看板作品となった。その後はファイナルには「究極」という意味も持たせている。

一般的に用いられる「ファイナルファンタジー」の略称は「FF」(エフエフ)であるが、スーパーファミコン時代には「ファイファン」という略語も存在した。特にファミリーコンピュータ当時は、「FF」はファイナルファンタジーシリーズだけではなく、カプコンから発売されたファイナルファイトシリーズを指すことも多く、これと区別する為に「ファイファン」と呼ばれたという背景がある。またドラゴンクエストの略称が「ドラクエ」とカタカナ4文字であり、これと差別化を図るためにスクウェアが「FF」というアルファベット2文字の略称を浸透させていったという指摘もある[2]。(「ドラゴンクエスト」にも「DQ」というアルファベット2文字の略称が古くから存在していた為、この説の信憑性には疑わしい所がある) 旧世代のファンの中には今でも「ファイファン」と略す人が多い。

日本のゲーム市場における立場
日本のゲーム市場においては、ドラゴンクエストシリーズやポケットモンスターシリーズと並び、きわめて大きな影響力を持つシリーズである。FFシリーズが直接的に市場に与えた影響としては、日本における据え置き型テレビゲームの機種の世代交代の牽引が挙げられる。

これまでFFシリーズでは、当時の「次世代ハード」にプラットフォームを移して初の登場となる『ファイナルファンタジーIV』(スーパーファミコン)、『ファイナルファンタジーVII』(プレイステーション)、『ファイナルファンタジーX』(プレイステーション2)が発売されると同時に、それぞれのハードが爆発的な普及をするという、言わば起爆剤のような役割を果たしていた。その後、各社がこれに追随しソフト市場全体が活性化する、という流れの繰り返しを見せている。特に1996年の「『FFVII』をプレイステーションで開発する」というスクウェアの発表は、当時3社(ソニー・コンピュータエンタテインメントのプレイステーション、セガのセガサターン、任天堂のNINTENDO64)がいずれも突破口を見出せず拮抗していたゲーム市場において、プレイステーションを当時の据え置き型ハード市場の勝利者とする大きなきっかけになった。

また、ゲーム内での表現において、常に革新的な技術を導入することでゲーム業界全体に与えた影響も大きい。PS版『FFVII』から導入されたムービーは、各作品とも、その発売当時の映像制作技術としてはいずれも最先端の技術を誇っており、その映像表現は多くのユーザーや他社の開発者を驚かせた。映像に圧倒的なインパクトを誇る広告能力の高さから、ファイナルファンタジーシリーズはゲーム市場全体のライトユーザーへの大きな訴求力を持っていると言える。

音楽面においても、第1作から作曲を担当していた植松伸夫の存在はゲーム音楽界で非常に大きいウエイトを占めており、2005年には米国のTime紙において「現代音楽における革新者のひとり」として紹介されている。

また、ゲームがまるで映画のように変質していき、ゲームとしての本質が失われているとの声もあるが、それは、あくまで表面的なものしか見ていない意見である。実際はシステム面でも毎回、新システムを導入するなどゲームの本質を蔑ろにしているわけではない。

ドラゴンクエストとの関係
日本では、エニックス(現スクウェア・エニックス)発売のドラゴンクエストシリーズがファイナルファンタジーシリーズと双璧をなす存在と言われ、しばしば比較の対象となる。

先に人気を博したのは登場の早かった『ドラゴンクエスト』である。同シリーズは日本で発売された初めての大衆向けRPG作品であり、そのインパクトと影響は大きく、生みの親の一人である坂口博信はそのビジネス的成功を見て、「ファミコンでもRPGが作れると気づいた」と語っている。また石井浩一も坂口が「ドラクエのようなRPGを作りたかった」と話していたと述べている[3]。遅れをとる形になったファイナルファンタジーシリーズの第1作は「ドラクエの亜種」と評価されることもあり、評価が固まらなかった。しかしその後、両シリーズは「競争」しながら独自の路線を確立していくことになり、両者は「2大RPG」と呼ばれるまでに成長する[4]。

日本におけるソフト累計販売本数は、『FFVII』と『FFVIII』においてドラゴンクエストシリーズに匹敵するトリプルミリオンを続けて出していたが、『FFIX』以降は作品によってやや発売本数を減らしている。これに対し、ドラゴンクエストシリーズは『DQVII』で400万本の大台をたたき出した後も、『DQVIII』でトリプルミリオンを軽々と超えている。
また、世界市場での出荷本数ではファイナルファンタジーシリーズの方が大幅に上回っている。なお、世界的な市場別での販売本数を見た場合は、開発チームによって売り上げが大きく異なる傾向も見られる(例として、日本国内ではシリーズ内で見て売れた部類に入る『FFIX』の販売本数が、北米では『FFX-2』よりも下である)。

2003年4月1日、ファイナルファンタジーシリーズの発売元であるスクウェアとドラゴンクエストシリーズの発売元であるエニックスが合併したことで、それまで「競合する存在」であった両者は「好敵手」という風合いを強くかもし出すようになった。両者のキャラクターの客演などが広く見られるようになり、2004年12月に発売された『ドラゴンクエスト&ファイナルファンタジー in いただきストリートSpecial』では両シリーズのキャラクターが共演し、2社合併の象徴ともいえる存在となった。

このような歩み寄りは見られるものの、それぞれのシリーズの独立性は失われることなく保たれている。2008年現在において、ドラゴンクエストシリーズの次回作となる『ドラゴンクエストIX 星空の守り人』がニンテンドーDSで発売されることが発表された一方で、すでにファイナルファンタジーシリーズは『ファイナルファンタジーXIII』がプレイステーション3で発売されることが決定されており、両者の明確な路線の違いを見て取ることができる。